「あんな高校に行かせなければ…」近くの公立高校は評判が悪く、少し離れたお嬢様校に通っていた。大学生になり就職活動をしていた時に…

「あんな高校に行かせなければ…」近くの公立高校は評判が悪く、少し離れたお嬢様校に通っていた。大学生になり就職活動をしていた時に…

23: しゅらららの名無しさん 20/05/05(火)08:45:55 ID:XJ.tc.L2
高校選びを大失敗してしまった事。

 

近くの公立が不良が多かったり

それを抑える為の体罰教師が跋扈しているなど、

あまり評判が良く無かった為、

電車で数駅の距離にある偏差値高めの私立高校に入学した。

 

そこは所謂お坊ちゃん・お嬢様高校と呼ばれており、

学校見学に行った時も印象は良かったから、

受験頑張って合格した時は本当に嬉しかった。

 

入学後しばらくは楽しかったし、

実際普通に高校生活している分には

問題は無かったんだけど、徐々に学校の問題が見えて来た。

 

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一つは周囲の学校からの評判。

 

お坊ちゃん・お嬢様高校と言われていたのは

本当なんだけど、それが悪い意味で捉えられていた。

 

具体的に言うと、

「あそこのガッコはショボい連中しかいない」と、

「○○(高校名)狩り」と言われる、

○○生徒をカツアゲする行為が流行っており、

男子は度々登下校の時に被害に遭っていた。

 

時代はまだヤンキーや暴走族が町中で見かけ、

今で言うチーマーや反グレみたいな集団もいた頃。

 

被害に遭った生徒らは何度も警察や学校側にも通っていたらしいが、

「子供同士の揉め事」

「どうせ相手は捕まらない」と

ロクに相手にされず、

度々保護者会で問題になっていたと母から聞いていた。

 

また、そんな学校でも少なからず

不良っぽい人達はおり、

彼等は集団でたむろって私達みたいな

普通生徒を威嚇したり、

 

「集金」「カンパ」と称して

小銭を巻き上げられたりした。

教師達も大人しい人達が多く、

彼等には強く出れないみたいだった。

 

学校外で抑圧された普通生徒も、

捌け口を求める様に、

クラスの中でも大人しい生徒に手を出すグループも出てきた。

 

進級し、

思い描いていた高校生活とは

微妙に違う現実にも何とか慣れて来た頃、

いきなり学校を他校の集団が襲撃してきた。

 

彼等はバイクで学校に乗り込み、

窓ガラスを叩き割りながら暴れまくった。

 

男子は問答無用で不良連中に暴行され、

女子も割れたガラスの破片等で怪我する子が出た。

 

後で聞いたが、

○○高の不良グループと

他校のグループが揉めた末の出来事だったらしいが、

巻き添えを食う形で

被害に遭ったのは普通の生徒ばかりだった。

 

その時の怪我が元で後遺症を負った男子もいた。

 

その頃になると、男子だけでなく

女子も○○狩りのターゲットにされる様になり、

私も2回被害に遭った。

 

1度目は財布の中身を全て取られ、

2度目は最低限のお金しか財布に入れていなかった所、

「ざけんなよ!」と不良男に顔を殴られ、

買ったばかりの定期券まで盗られた。

 

他の生徒と違って、

ウチは普通の会社員の家庭で、

ただでさえ遠くの私立に私を通わせる為に、

両親がどれだけ頑張っていたのか知っていたから、

 

半年分の定期券代をまた出して貰う事が、

自分が殴られた痛みよりずっと辛かった。

 

警察には何度か両親と共に通ったが、

「はいはい」って感じでロクな対応されず、

結局犯人は捕まっていない。

 

被害届けも、1度目は受理すらされず、

2度目も両親が何とか粘って出したらしいが、

「一応受け取りますけど期待しないで下さい」と

いった対応だった様で、

両親が非常に落ち込んでいたのがまた悲しかった。

 

でも私なんかはまだマシな方で、

男子の中には○○狩りで

大怪我を負わされたり、重症を負って入院し、

そのまま転校した生徒も何人かいた。

 

女子でも、一学年下の子は、

集団で建物に連れ込まれてそのまま……

という事もあったらしい。

 

真実は分からないけど、

その子が退学した事は同じ部活の後輩から聞いて知っている。

 

途中からは地獄の高校生活を何とか卒業し、

それなりの大学に進学した。

 

大学生活自体は平和で楽しかったが、

就職活動の際、周りの人達は

次々と大手企業・公務員・マスコミ等と決めていく中、

私だけが志望していた業界の大手どころか、

中小の事務すらなかなか決まらなかった。

 

仕方なく、父のツテで地元の中小企業を受けて、

面接でも好感触を得られたという自信はあったが、

そこもお祈りされた。

 

父もさすがに不審に思って

(父によると、高卒多く大卒が少ない会社だから、

私の学歴で落ちるなんて有り得ないと思ったらしい)

 

ツテの相手に問い正したらしいが、

落ちた原因は私では無く、私の高校にあったらしい。

 

卒業後は高校の事を忘れる為、

半ば意図的に話を聞かない様にはしていたが、

在学中から卒業後にかけて、

 

お坊ちゃん・お嬢様高校と言われていた母校の評判は、

「様々なトラブルが起きた荒れた高校」と化しており、

 

ツテの相手も、取引先の人からの紹介だし

面接でも感触良かったからと強くプッシュしたらしいが、

上層部が高校の評判を聞いており

難色を示し、駄目だった大変申し訳無い、と言われたと。

 

結局私は、どこからも内定を貰えないまま卒業した。

 

「俺があんな高校に行かせなければ良かった」と

父は落ち込んで鬱気味になってしまい、

母は逆に「あなたがあそこに行きたがらなければ!」と私を責めた。

 

居た堪れなくなった私は、

祖母の住む新幹線の距離にある別県に引っ越し、

祖母宅に住んでバイトをしながら、

就職活動をする事になった。

 

年内に何とか就職先を決めたが、

父母の顔は晴れる事無く、

結局両親とは疎遠になってしまった。

 

今では年に2,3度電話するぐらいで、

実家にはもう何年も帰っていない。

 

その後、就職先で今の旦那と出会い、

結婚し、子供も産んで、

今では何とか平凡に生活しているが、

高校が原因で私の人生が大きく狂った事に間違いは無い。

 

旦那は良い人だが年収は同年代の平均に

ギリギリ届かないぐらいしか無いし、

子供二人にも私立に通わせる様な余裕は無い。

 

大学の同級生のFBなんか見てると、皆華やかで、

私一人だけが地元でも無い地方で

侘しい生活を送っている、と思えてならない。

 

子供が通うであろう高校は、

旦那曰く「あまり良くない所だけど、公立だしなぁ」と渋い顔。

 

私もパートで家計を助けるべく

頑張っているが、私の大失敗の件もあり、

無理してまで私立に入れて、

より酷い末路を子供達には辿って欲しく無い。

 

こんなジレンマを抱えてしまう様な人生になってしまった事が、

家族には申し訳無いけど、非常に苦しいし、後悔している。

 

今でもあの学校に入学した事を、本気で後悔している……

 

26: しゅらららの名無しさん 20/05/05(火)14:28:58 ID:mC.xy.L1
>>25
自分の人生のある時期を

後悔したりするのは当然だと思うよ

 

ただ、並行して子どもが行く予定の高校

(とその周辺の高校)の情報をきちんと集めて

一回真面目に子どもと高校生活について話してみたらどうか

 

もし子どもが幼いなら旦那とでもいい

 

それは自身のジレンマとは別問題の話ね

今は時代も違うし、

どんな学校でも子どもとの相性が悪ければ子どもは病む

 

その23が言うところのジレンマを繰り返さないために、

もし何かあっても

リカバリができる程度に子どもの心身を回復させるために

23とその旦那がいると思う

 

引用元: ・今までにあった修羅場を語れ【その28】

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